2003年 4月30日(水) |
奈良市による歴史の道マップ
|
高速バスで6時半頃に近鉄奈良駅に着く予定が、名阪国道の交通事故で2時間半もトンネル内に閉じこめられ、到着が9時になってしまった…。 マック茶屋で朝食を済ませ、近鉄奈良駅や奈良市の観光案内所で地図やパンフをいただく。 佐保佐紀路というのは、佐保路→東大寺の転害門から法華寺、佐紀路→法華寺から西大寺までの地域を呼ぶそうで、資料は奈良市が指定している「歴史の道」のイラスト地図だけなので不安…。 土地勘はないけど東大寺から西大寺まで歩いてみまひょ。 右手に修学旅行以来の興福寺。 藤原氏の氏寺で、元は和銅三年(710)平城遷都の際に藤原不比等が飛鳥にあった厩坂寺を移したもの。 さらにさかのぼると、天智八年(669)藤原鎌足が大病を患った際に夫人の鏡女王が祈願して建立した山階寺が起源。 創建約1300年で歴史が古く、国宝や重文なども多数で世界遺産だし、詳しくは地元の方にお任せする。(^_^;
大仏殿交.を左折すると、やはり修学旅行以来の東大寺。 元は神亀五年(728)聖武天皇の早世した皇太子基王の菩提を弔うために建立された金鐘山寺。 天平十三年(741)聖武天皇が国分寺建立の詔を発した後、大和国の国分寺となり、さらに総国分寺となった。 こちらも詳しくは地元の方にお任せ。(^_^; 11:05国指定重要文化財の中門を出発。 所々に「歴史の道」道標がある。 大仏殿の裏を回るとすぐに国宝正倉院。 天平勝宝八歳(756)聖武天皇の七七忌に光明皇后が盧舎那仏(大仏さま)に奉献した遺品を収めた正倉。 以前は興福寺や西大寺などにも正倉院があったそうだけど、現在残っているのは東大寺だけ。 収められているお宝も見てみたいね〜。 小雨だった雨がいよいよ本降りとなり、もう傘を差さないと…。
正倉院の裏を回ると「奈良奥山ドライブウェー」入口。 東大寺から一緒に移動していた修学旅行の小学生たちとお別れ。 「歴史の道」道標の通りに右折すると静かな住宅地。 だんだん家並みが空いてきて、佐保川を渡るとホントに田園風景。 信号のある交差点に出る。 うへ〜、早くも道を間違えた…。 般若寺交.で復帰。 はす向かいの路地に入って右折すると、右手に般若寺。 国宝の楼門が旧道に面している。 この先は緩やかな上り坂で、格子戸の民家があってイイ感じ。 きっとこの雰囲気が「佐保路」(パート1)なんだね。
左折する丁字路に延喜式内社奈良豆比古神社。 朱色の社殿が3つ並んでいる。 境内奥にある樟は県指定天然記念物。 幹が苔生していて悠久の時間を感じさせるね〜。
陸橋を渡ると右手にお稲荷さんみたいな黒髪山神社&石仏。 人の往来もなく、こんなに寂しい山道なのに、ちゃんと歴史があるんだね。 恐るべき…ってゆーか、実に楽しい古都奈良。 ドリームランド沿いに南下すると急な下り坂。 歩道も家並みもキレイになって“山の手”みたいな雰囲気。 平地になって信号のある交差点を右折。 住宅地に入ると右手に興福院。 道が狭くなる。 ランド坂の“山の手”とは対照的に、昔ながらの住宅地で道が入り組んでいる。 十字路が少なく丁字路ばかりで迷路みたい。 あ〜、この白壁の多い家並みが「佐保路」(パート2)なんだね。
奈良豆比古神社以来の人…やたら学生が多いと思ったら、奈良高校前に出る。 右手に狭岡神社。 家並みがだんだん途切れて、突き当たりを右折すると田園風景。 不退寺の先を左折してJR関西本線・R24を渡ると、タップリと水をたたえた池&こんもりとした森。 ウワナベ古墳。 デカい…。 カメラのフレームに入りきらない。 しかし、「宇和奈辺」って名前があるのに何で?カタカナ表記なの? しかも、こんなデカい古墳なのに誰の墓なのか分からないなんて! ぜひおらが生きているうちに発掘して、誰の墓なのか発表してほしいね〜。
古墳を右手に見て進むと左手に奈良市街地が見える。 けっこう高い場所なのね。 13:05航空自衛隊の入口。 交通量の多い法華寺交.を右折すると右手に法華寺。 この付近は藤原不比等の邸宅跡で、天平十七年(745)娘の光明皇后が宮寺としたのが法華寺の始まり。 総国分寺の東大寺に寄ったので、総国分尼寺である法華寺にも寄ったんだけど、国指定重要文化財の南門を眺めてから同じ道を戻る。 約20分の寄り道。
13:25自衛隊前に屋根付きのバス停があるので、ありがたく15分休憩。 今回は珍しく一人旅なので、ついガンガン歩いてしまって今まで休憩していない。 運悪く雨のため道端にも座れなかったし。 缶コーヒーでホッと一息。 ふぅ。 奈良市は「歴史の道」なんてものを作ってくれてありがたいけど、休憩場所やトイレがなくて困る〜。 食べるところもコンビニもないのでホントに困る。
コナベ古墳を北上すると磐之媛命陵。 堀には水がなく、こんもりとした山になっている。 舗道も砂利道だったり石畳風だったり、雨の中で歩きづらい。 しかし、夫の仁徳天皇陵は大阪の堺市にあるのに、何で?皇后の墓はこんな所にあるの? 十字路を右折すると視界が広がる。 特別史跡&世界遺産平城宮跡。 和銅三年(710)に遷都しただけあって?ナ・ン・ト広いよ!平城京(笑)。 右手にはこんもりとした平城天皇陵。 散歩の人に尋ねたら、平城宮跡の円柱状に刈り込まれた木は、柱の跡に植えられているそうです。 へぇ〜、結構建物が建っていたんだね。 何か遺構はないのか?とK751を左折して寄り道。 平城宮跡を縦断するみやと通りの右側は「遷都1300年」となる平成二十二年(2010)の完成を目指して第一次大極殿の復元工事中。 通りの左側は基壇が復元されている第二次大極殿跡で、せっかくなので南を向いて立ってみる。 右に生駒山、左に若草山、そして正面は草むらだけど、当時はどんな風景だったんだろう? 何かイイこと言っちゃいそう(笑)。 だんだんハイになってきた。(^_^; 遠いから止めようと思っていたんだけど、やっぱりさっきから見える朱雀門まで歩くことに。(^_^; 雨が止んだばかりなのに、もう歩く人や自転車が多い。 みやと通りを離れて朱雀門に近づ…ありゃ、近鉄奈良線の線路で進めない…ガクッ。 踏切を回って兵部省跡を横目に平成十年(1998)に復元された朱雀門…デッカい。 だだっ広い平城宮にデッカい朱雀門。 何だかおとぎ話の世界みたい。 来た道を戻って約40分の寄り道。
もう15時なので腹減った…。 雨は止んだとはいえ見知らぬ土地で心細い。 池の手前に佐紀神社。 対岸にも佐紀神社。 何だ?何だ?同じ名前の神社が2つ! う〜む、驚いているうちに道に迷ってしまった。(^_^; 地図が大雑把なのでこんな時に困るね〜。 散歩の人に尋ねたら分かる場所まで案内してくれた。 ありがとうございます。 後日地図と照らし合わせたら道筋が複雑なので、奈良市にはぜひ案内板を設置してほしいね〜。
おお!目の先に近鉄平城駅! 平常心をかなぐり捨てて、駅前のショップうえだ屋でパンと飲物! …。 しかし、レジがメチャ込み。 レジの男性がずっと無言でレジ打ちしている。 そんなに仕事がイヤなのか? それとも具合が悪いのか? 謎。
「歴史の道」に戻って田園地帯を歩く。 右手の奈良大附属高校を横目に、交通量の多いK52を横断すると秋篠の集落。 歴史の道道標を頼りに左折・右折して秋篠寺。 境内は静まり、静寂な空間を独り占め。 苔生した庭園がイイ感じ。 本堂が国宝。 近鉄の踏切を越え、野神神社を横目に十字路を左折。 急に人や自転車が多くなる。 土壁沿いに進み、十字路を右折して東門から西大寺に入る。 天平神護元年(765)東大寺を建てた聖武天皇の皇女称徳天皇によって創建された。 親子で平城京の東西にデッカい寺院を建てている。 東大寺よりもこぢんまりしているけど、さすがに文化財は多いので、詳しくは地元の方にお任せする。(^_^; 佐保佐紀路の旅はこれで終わり。 北側の小っちゃい門を出て、再度土壁を眺めながら進むと近鉄大和西大寺駅。 ターミナル駅なので賑やか。 駅前にお目当てのラーメン屋があったけど、残念ながら休憩中だったので、こんなことならエーイ!歩き出してしまえ!と南下。 ヘロヘロなのに思いつきで西ノ京も歩くことに…。(^_^;
どんどん駅から離れて田園地帯…と思ったら、ありゃ、造成地。 奈良市の郊外でベッドタウンなのね。 空き地ばかりで進むべき道が分からない。 人がいないか?振り向いたら女子大生が向かってくるので道を尋ねたら、方向が同じというので分かる場所まで案内してくれた(決してナンパではありません!)。(^_^; さっきの佐紀町といい、奈良っ子は親切だ。 ありがとうございます。 バス通りのはす向かいに喜光寺。 元は菅原寺で、行基によって養老五年(721)に創建され、東大寺大仏鋳造中の天平勝宝元年(749)に入寂した行基終焉の地。 本堂は国指定重要文化財。 境内には蓮の鉢がいっぱい。 今はひっそりとしているけど、蓮の花が咲く季節は参拝者で芋洗いなんだろうね。
R308阪奈道路を渡り丁字路を左折。 近鉄尼ヶ辻駅が近いので人通りが多い。 左手のスーパーいそかわ屋の前で旧R308を渡ると垂仁天皇陵。 さっき皇后の日葉酢媛命陵の横を通ってきたけど、このくらいの距離ならまだ近い方だね(笑)。 堀に沿って進むと「歴史の道」がまたあぜ道化している。 さっきまでの雨で水たまりができているので、堀側の柵の土台の上を歩く。 ふぅ。
突き当たりを左折して踏切を渡ると左手に世界遺産唐招提寺。 天平宝字三年(759)鑑真によって創建された。 ありゃ、朱と白のコントラストが美しい南大門が閉まっている…。
足取りも重く、さらに南下して、閉まっているのは分かっちゃいるけど、18:00修学旅行以来の世界遺産薬師寺。 天武九年(680)天武天皇が持統天皇の病気平癒を祈願して、飛鳥に創建したのが始まり。 都が平城京に遷都した8年後、養老二年(718)後を追うように平城京右京六条二坊の現在地に移転した。
西ノ京駅から大和西大寺駅で乗り換え、終点の近鉄奈良駅。 今回は珍しく一人旅なので、煙草を吸う喜多さんを気遣って休憩することもなく、前半の雨で休まずガンガン歩いたためか?脚が痛い。 東大寺→西大寺は約14.8km、西大寺→薬師寺は約3.4kmで、寄り道した法華寺約1.7km+朱雀門約2.4kmを足しても約22.3km。 とてつもなく長〜い距離を歩いたわけではないんだけど…。 う〜む、日頃の運動不足が祟っているのは間違いない。 |
おまけ | |
所要時間(休憩除いた正味時間) | 6時間45分(約6時間15分) |
万歩計の歩数 | 35,509歩 |
経費 | |
東大寺参拝料 | 500円 |
参考図書&LINK | |
『ようこそ奈良へ』(歴史の道マップ) 『時代別・奈良を歩く』植条則夫 |
|
奈良市観光情報センター(http://narashikanko.or.jp/) 「map・パンフレット」に歴史の道マップ(奈良市市内観光マップ)があります |
1歩2歩散歩 MENU |
Copyright (C) 2003 TORAZOU, All Rights Reserved.