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Vol.13 高崎宿板鼻宿

(7.2km)


広重「高崎」 宿場

2010年10月16日(土)

 久しぶりの大都会:高崎宿。元は「和田宿」だけど、慶長3年(1598)に井伊直政が入封して、地名を「高崎」と改めた。今は県庁所在地の前橋より人口が多く賑わっているけど、往時は城下町の堅苦しさが敬遠され、本陣・脇本陣もなく、旅籠も少なかった。
浮世絵ポイント 画像00

 中山道歩きの8日目。スタートの前に、まずは前回寄れなかった頼政神社に寄りまっさ。…。頼政神社は、高崎藩主大河内輝貞が遠祖の源頼政を祀るため、元禄11年(1698)高崎城東の石上寺境内に創建された。その後、享保2年(1717)に現在地へ遷座された。こぢんまりとした神社だけど、諸大家連歌帖(高崎藩主大河内家伝来)が県指定重要文化財で、頼政神社社宝(稲妻の鎧・白銀造太刀・丁丑筆話)が市指定重要文化財と、お宝いっぱい。
画像01 内村鑑三記念碑
画像02 高崎白衣大観音
 境内には漢詩「上州人」が刻まれた内村鑑三記念碑が建っている。烏川を挟んだ向こう側には、観音山に国登録有形文化財の高崎白衣大観音が見える。静かに高崎市民を見守っているんだね。
画像03 ハナモクレン
 頼政神社の北側に、市役所がそびえる高崎公園。高崎公園は明治9年(1876)大染寺跡に造られ、当時は頼政公園と呼ばれていた。明治33年(1900)に市制が施行され高崎市が誕生し、高崎公園と呼ばれるようになった。広くて桜が多く、市民の憩いの場としてはイイね。園内にあるハナモクレンは県指定天然記念物で、元和5年(1619)高崎藩主安藤重信がこの地に良善寺を建立した時、境内に植えられたものと伝えられる。
 う〜む、高崎公園の前身は、大染寺なのか?良善寺なのか?どっち? 高崎藩主が安藤家時代には良善寺があり[元和5年(1619)〜元禄8年(1695)]、大河内家時代には大染寺があった[元禄8年(1695)〜宝永7年(1710)・享保2年(1717)〜明治4年(1871)の廃藩置県]。
画像04 9:05 豊田屋旅館本館
 9:00新田町交差点をスタートすると、すぐあら町交差点。「あら町」は漢字だと「新町」。2つ手前の宿場:新町宿が「しん町」なので紛らわしい。平成18年(2006)新町宿のある旧多野郡新町が高崎市に編入されて「高崎市新町」となり、その代わりに?旧高崎市新町が「高崎市あら町」となった。
 あら町交差点周辺には文化財が点在しているので、まずは右手の豊田屋旅館本館。豊田屋は明治17年(1884)の高崎駅開業後、明治の終わりに現在地よりも駅寄りの場所に創業。本館は昭和7年(1932)に築かれたもので、国登録有形文化財となっている。波打った窓ガラスがイイね。
 あら町交差点に戻って、今度は左手の諏訪神社。慶長4年(1599)箕輪城下の下ノ社を勧請したのが始まりで、ビルの谷間で窮屈そうに鎮座。とにかく彫刻が素晴らしい! 鳥居に龍が巻き付いているのが斬新。新町諏訪神社本殿及び御宝石として市指定重要文化財となっている。外壁は防火のために、土蔵のような総漆喰の塗籠(ぬりごめ)造り。しかし、2度の火災に遭い、現在の本殿は文化11年(1814)に再建されたもの。
画像15 9:15 あら町諏訪神社
 高崎城の遺構があるらしいので市役所に向かうと、少しだけ石垣が残っている。今回からしばらく萩さんが参加。もうすぐ高崎駅に着くというので、あら町交差点に戻る。萩さんを待ちながら10分休憩。
 萩さんと合流してあら町交差点を出発。弘化2年(1845)創業の藤澤石材店屋を横目に連雀交差点。あら町と連雀町の間が高崎宿の中心。宿場の中心といえば、大抵の宿場には本陣があるものだけど、高崎宿には本陣はない。はじめは連雀町の福田家が務めていたけど、何度か火事に遭って本陣職を辞し、その後本陣は設置されなかった。
画像06 9:40 高崎城乾櫓
画像07 高崎城東門
 連雀交差点の左手にまた高崎城の遺構がある。まずは高崎城乾櫓(いぬいやぐら)。元は本丸の北西:戌亥の方角にあった櫓。明治維新後に払い下げとなり、近郊の農家で納屋として使用されていたものが、復元移築された。県指定重要文化財。その隣りに高崎城東門。こちらも乾櫓と同様、払い下げられたものが復元移築されている。市指定重要文化財。
画像08 9:55 徳川忠長の墓
 連雀交差点の高崎市道路元票を横目に、今度は右手の大信寺。市指定史跡の徳川忠長の墓がある。忠長は徳川2代将軍秀忠の三男&3代将軍家光の弟。才智に恵まれ両親が寵愛したため、家光から疎まれたといわれる。秀忠の死後、数々の乱交があったということで、高崎城に幽閉され、寛永10年(1633)自刃。
 墓石であるデカい五輪塔は、家光の死後24年&忠長の43回忌にあたる延宝3年(1675)に建てられた。周囲に玉垣をめぐらし、鎖でつながれていたので、「鎖のお霊屋(たまや)」と呼ばれていたそうだ。権力によって不本意な死を遂げたので、祟らないように鎖で縛られていたのかな?
画像09 10:25 高崎神社
 旧道に戻り、天保7年(1836)創業の寝具店金澤屋の角を左折。安政4年(1857)創業の茶店水村園を過ぎると本町1丁目交差点。途中にある本町三丁目交差点&本町二丁目交差点は漢数字なのに、本町1丁目交差点だけアラビア数字。(+_+) ここは三国街道追分なので、特別だからなのかな?
 本町1丁目交差点から道が狭くなる。旧道らしくてイイ感じ。しかし、車が多いな〜。あ!高崎神社を過ぎちゃった!と思ったら、「高崎」発祥の地:恵徳寺(えとくじ)の奥で往来できるのでホッ。高崎神社は、元は寛元元年(1243)に和田城主和田正信が相模国の三浦より勧請した熊野社で、明治40年(1907)に末社と近隣の神社を合祀して、高崎神社と改称した。天文3年(1534)製の鰐口(わにぐち)が市指定重要文化財。
 赤坂を下ると長松寺。山門が青い瓦でオシャレ。境内もキレイで、シオンが咲いている。長松寺の大間、向拝天井絵及び涅槃画像が市指定重要文化財だけど、こういった美術品は建物に入らないと観られないと思っていたら、本堂の向拝を見上げると、あった。\(^-^)/ 大間天井絵・向拝天井絵・涅槃画像の3点の中では向拝天井絵が一番古く、寛政元年(1789)の作品。あきらめずに寄ってヨカッタ。
画像10 10:40 向拝天井絵の天女
画像11 10:45 映画のロケでも使用されている岡醤油醸造
画像12 醤油あいす&ぽん酢あいすのディスプレー
 赤坂を下り切ると、建物がイイ感じの岡醤油醸造屋。喜多さんがグッズを買いたいというので立ち寄ると、店内もイイ感じ。大間々宿で天明7年(1787)に創業した醤油醸造業の河内屋(現岡直三郎商店)の支店で、明治30年(1897)に開設された。店内にベンチがあるので、オリジナルの醤油あいすを食べながら、のんびり20分休憩。
 店を出ると、たかさき都市景観賞の山田文庫。常盤町交差点を右折する辺りが見附跡で、宿場のはずれ。往時は番所もあった。この一角は旧道らしくて、散策にもイイね〜。
 君が代橋を渡る前に親柱がポツン。親柱は昭和6年(1931)のものだけど、橋名は明治11年(1878)明治天皇が北陸東海巡幸の際に、馬車で渡られたことを記念して命名された。萩さんは一度中山道を歩いていて、その時は橋の北側を通ったそうだけど、君が代橋から見える風景は浮世絵ポイント@高崎宿(TOPの画像)なので、撮影のために南側を進む。(´-`).。oO(しかし、広重の絵とは方向が逆なんだけど…)
画像13 11:15 君が代橋の親柱
画像14 11:25 万日堂
 橋を渡ると君が代橋西交差点を右折して国道406号へ。交差点の側道から路地を入ったところに万日堂。元は旧道の南側にあったけど、国道18号の拡幅工事のため現在地に移された。本尊のみかえり阿弥陀像&「おもしろひ夢見る顔や涅槃像」と刻まれた白井鳥酔句碑が市指定重要文化財。
 国道に出て石神社を横目に広い空き地。喜多さんの目がキラリと光ったと思ったら、空き地で虫取り網を振り回している。(◎o◎) 萩さんとおらは虫取りの様子を眺めながら10分休憩。喜多さんはお目当ての蝶が捕れてヨカッタね。(^-^;
画像15 11:40 左に旧道 叉のところに自然石の道しるべが!
画像16 下豊岡の道しるべ
 二叉に自然石の道しるべ。左の道が中山道で、右の道は信州道草津道)。道標には「右 はるなみち/くさつみち」と刻まれている。
 そして、祠だけの八坂神社に市指定重要文化財の下豊岡の道しるべ。正面に「榛名山/草津温泉 かわなか/かわらゆ/はとのゆ 温泉」、右面に「従是 神山三里/三ノ倉五り半/大戸九り半」、左面に「左中山道 安中/松井田/横川」と刻まれている。往時は八坂神社のあるこの場所が信州道の追分で、元々2基の道標は、2つともこの場所に置かれていたんだって。
 永承6年(1051)源頼義義家父子が前九年の役の戦勝祈願のために建立したという若宮八幡宮。へぇ、こぢんまりしているけど、隋神門もあるし、由緒ある神社なんだね。(◎o◎) 若宮の立場があった場所でもある。  
画像17 12:00 立場があった若宮八幡宮
 しかし、気になるのは祭神。八幡神って、フツー誉田別尊を祀っているものだけど、当社の祭神は大鷦鷯尊。親子だからイイのかな? 創建が源頼義・義家父子なので、祭神も誉田別尊・大鷦鷯尊父子だったらビックリしないのに。(^-^; 社宝のわらび手横刀が市指定重要文化財。
 自然石の庚申塔を横目に松本商店屋のだるま工房。赤く塗った達磨たちを乾かしている。なかなかカワイイ。
画像18 12:05 達磨を干している風景
画像19 12:10 上豊岡の茶屋本陣 上段の間
 若宮の立場から少し離れて上豊岡の茶屋本陣主屋は18世紀中頃の築造。持ち主の飯野家が最近まで住んでいたそうなので、長持ちしているんだね〜。畳は段になってはいないけど上段の間屏風絵、庭には木の化石など、見どころいっぱい。県指定史跡。
 係の人と話をしていたら、「予算が少ない」という話になったので、有料にすればイイと進言したら、有料にすると金があると思われて、真っ昼間から強盗に襲われることがあるんだって! 世知辛い世の中!(>_<) 強盗さ〜ん、こういった社会科系の施設は有料だったとしても、それほど訪れる旅人はいないので、お金なんてありませ〜ん。ヽ(´▽`)ノ
 上豊岡町交差点で国道18号に合流。国道の歩道とは思えないような草むらの一本道。駐車場の隣りに藤塚一里塚。群馬県内で現存する唯一の一里塚で、塚の上には樹齢400年といわれるムクノキが茂っている。県指定史跡。  
画像20 12:35 日本橋から28里目の藤塚一里塚
画像21 向かいにある富士浅間神社
 国道を挟んで向かいに富士浅間神社。う〜む、ここから富士山が見えるの?
 後日迅速測図を見たら、上豊岡町交差点の周辺に旧道が残っている!(◎o◎) アルファベットのMのような形。迅速測図は高崎までと思っていたので、歩く前に確認しなかったのが悔やまれる。知っていたら、先に富士浅間神社に寄ってから、上豊岡町交差点に戻って藤塚一里塚を見ることになったのに…。(>_<)
 教科書『中山道を歩く』と図書館で立ち読みした『今昔中山道独案内』は、M形の旧道を通らないでそのまま上豊岡町交差点を進んでいます。迅速測図はこの付近でホントに終わりなので、ガイド本のルート間違いはもう分からない。しかし、昔の街道を忠実にトレースしたいと思っても、消滅していたり、危険な場所だったり、100%はないので、8〜9割トレースできれば御の字ですね。(^-^)
画像22 13:00 達磨寺霊符堂(本堂) 縁起だるま発祥の地らしい風景
画像23 13:20 洗心亭&タウト記念碑
 寄り道のため鼻高(はなだか)を渡る。親柱に達磨が飾ってある。カワイイ。寄り道の先は、高崎名物縁起だるま発祥の地:達磨寺(だるまじ)達磨大師立像が市指定重要文化財。総門をくぐると長〜い石段。これは後半に響くかも。(>_<) 霊符堂(本堂)の両側に達磨が納められている。
 そして、県指定史跡の洗心亭。平屋で6畳+4畳半=二間だけの小っちゃい家で、ブルーノ・タウトが夫人と共に昭和9年(1934)から2年3カ月過ごした。お寺の境内に民家があるというのは不思議な感じ。かたわらには、ドイツ語で「私は日本の文化を愛する」と刻まれた記念碑が建っている。40分の寄り道。
 八幡大門(やわただいもん)交差点にデッカい大鳥居。「八幡町」「群馬八幡駅」などの地名や駅名の由来になった八幡宮なので、寄り道。
画像24 13:35 八幡宮(八幡の八幡さま)の大鳥居
 天徳元年(957)山城国の石清水(いわしみず)八幡宮を勧請したもので、古来一国一社の八幡宮として広く尊崇されていたという古社。長い参道は八幡大門通り。まず神門に突き当たり、石段。うう…これも後半に響きそう…。(>_<) 石段を上ると、今度は隋神門が建っている。
画像25 13:45 参道の奥に神門
 狛犬がいない境内に、市指定重要文化財の唐銅(からかね)燈籠が目立つ。慶応3年(1867)に奉納されたもの。本殿・幣殿・拝殿などの社殿も市指定重要文化財で、本殿は宝暦7年(1757)に新築されたもの。ほかにも、県指定重要文化財の算額、市指定重要文化財の胴丸、市指定重要無形民俗文化財の太々神楽(だいだいかぐら)などがあり、お宝いっぱい。
画像26 社殿&唐銅燈籠
画像27 境内から蛇行する参道を臨む
 群馬県神社庁によると、当社の社号は単に「八幡宮(はちまんぐう)」となっている。しかし、社号標やご朱印では「上野國一社八幡宮」となっている。また、文化財の案内板では、市も県も「八幡八幡宮(やわたはちまんぐう)」となっている。地元では、通称で「八幡の八幡さま」と呼ばれているようだけど、文化財だけじゃなく、社の名称もいっぱい。気になる祭神は誉田別尊なのでホッ。(^-^;
 帰り際に境内から参道を見下ろすと、定規を引いたように真っ直ぐと思っていた参道は、けっこう蛇行しているものなのね。30分の寄り道。
 旧道に戻って八幡大門交差点を過ぎると安中市。国道18号の歩道をトボトボ進むと寒念仏(かねつ)橋供養塔。14:10ここが浮世絵ポイント@板鼻宿なので、高崎宿の旅はこれでおしまい。

おまけ
所要時間(休憩除いた正味時間) 5時間10分(4時間40分)
万歩計®の歩 18,545歩
喜多さんの歩数 17,747歩
寄り道含めたGPSの距離 14.46km

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