2002年 5月 3日(金) 十返舎一九も弥次さんも府中宿出身なので銅像ができた。 30歳の弥次さんが心なしか老け顔だけど、新しい名所ができてウレシい。 広重の版画は駕籠・蓮台・肩車が同時スタートの川越風景でサービスがいい。
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09:30 府中弥次喜多像+
| 前回駿府公園に寄ったけど、3月15日に弥次喜多の銅像ができたというので出発前に再び訪れる。 公園内の資料館チケット売り場の係員に場所を尋ねたら、堀の外側というので引き返す。 東御門の手前、平成元年(1989)に復元された巽櫓をバックに、ベンチとセットになっている府中弥次喜多像と記念写真。 十返舎一九『東海道中膝栗毛』刊行200周年記念。
9:40江川町交.をスタート。 ビルばかりのオフィス街を抜け、呉服町交.を右折するとアーケードのある商店街で、開店時間前でも人通りがある。 里程元標跡は見つけられなかったけど、左手伊勢丹屋と右手UFJ両替屋のある十字路が札の辻で左折。 舗道の幅がタップリとある七間町通りは、やっぱり幅13m弱なのかな? 旧東海道が使われなくなった現代だから昔の道筋を忠実に歩きたいと思うけど、当時は城下町の町屋なら碁盤の目のようになっているので、方角さえ間違わなければどの路地を歩いても大丈夫だったんじゃない? 左手に二丁町大門跡&碑があるらしいけど分からなかった。 途中右側の本通り(K208)に出ると府中一里塚跡。 旧道からこんなに離れているのに何故?
旧道に戻るとインター通り(K354)にぶつかる。 向かいの弥勒交番が川会所跡。 奥の公園内に慶安四年(1651)浪人救済目的の幕府転覆計画(慶安事件)がバレて自害した由井正雪の墓。 交通量の多い本通りを渡る。 横断歩道はあるけど信号がないので大変! はす向かいの水神社をブラブラして安倍川に出ると広重の風景。 大正ロマンの安倍川橋は歩道が左側(しかも橋の外)にしかないのでまた道路を横断。 大正十二年(1923)竣工。 安倍川は水量が少ないので橋を使わなくても歩いて渡れそう。
安倍川を渡ると鎌倉時代の手越宿。 左手に格子戸のある民家があるのでよく見たら細い道が合流してくる。 岸に着いたら左手の石段を下りる道が旧道なんだ。 ガクッ。 右手には巨木が道路にはみ出て渋滞を招いているけど、由緒ある木なんだろうね? しばらくすると左手に松が4本のプチ並木。
旧道は右にカーブして、沢渡橋を過ぎるとスーパー屋、両替屋などがあり、ちょっとした商店街になっていて賑やか。 ここは丸子三丁目だけど、電柱の町名にルビが振ってある。 この先は道幅が少し狭くなって、左手の御神木?が立派な水神社&馬頭観音を過ぎると丸子宿。 家々の軒先に屋号を記した板が飾ってある。 ほとんどの家に板が掛けられているので、数百年の長きにわたり人々の生活が連綿と続いている。 右手に本陣跡。 並びにお七里役所跡。 石柱の脇に「紀伊国屋」と書いてある。 車がすれ違うのがキツいくらい細くなった道の右側にお土産屋とP。 丁子屋だ! 宿場内は人通りもなく静かだったのに、急に人があふれ出してすこぶる賑やか。 芭蕉句碑、十返舎一九『膝栗毛』の碑が並ぶ。 12:00府中宿の旅はここで終点。 さっきあべ川もちを食べたばかりだけど、しっかり食べるぞ!とろろ汁! |
おまけ | |
所要時間(休憩除いた正味時間) | 2時間20分(約2時間05分) |
万歩計の歩数 | 10,383歩 |
喜多さんの歩数 | 10,332歩 |
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