2002年 6月 1日(土) 藤枝は丸子・岡部よりさらに歴史が古い。 仁徳天皇の名前が出てくる飽波神社、宿場のはずれに志太郡衙跡など、鎌倉時代なんてまだ新しい(笑)。 宿場といえば広重が描いただけに、今も商店街が賑やか。
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12:45 オムハヤシ
| 洋食屋ブロンディ(本町1-1-2)茶屋は70歳前後のご主人が1人で切り盛りしていて、洋食といえばオムハヤシ(1,000円)なので(笑)注文したら、ビーフシチューがかかってた。 喜多さんはハヤシライス(850円)を注文。 入った時は空いていたのに、カウンター9席がすぐ満席で話かけられなかったけど、来店ノートに“とらぞう”の名で記帳してきました。 とらぞうのお薦め!
13:10蓮花寺池公園入口の交差点をスタート。 右手の常夜灯の奥に若一王子神社。 社殿はシンプルだけど、バックの鬱蒼とした社叢が県指定天然記念物。 永保三年(1083)源義家が後三年の役で奥州に向かう途中に「松に花 咲く藤枝の 若一王子 宮居ゆたかに 幾千代を経ん」と詠んだという。
左手に大慶寺。 境内には建長五年(1253)比叡山・南都奈良での勉学修行を終えた日蓮が帰路の途中、藤枝に寄った際に植えたという久遠の松。 太い! こちらも県指定天然記念物。
賑やかな商店街、上伝馬商店街の右手にはギフトショップ豊島屋に下本陣跡、洋品ニコニコや屋に上本陣跡、そして上伝馬交番に問屋場(下り)跡。 歩道にタイルが埋め込まれているだけで何か残っている訳ではないけど、商店街に元気があってウレシい。
気を取り直して道の両側に点在する松並木を眺めながら、青木交.でR1を横断してJR藤枝駅へ寄り道。 周りは区画整理中で空き地&新築ラッシュ。 藤枝駅北交.を右折して、強飯をクチナシで染めた瀬戸の染飯を買うために、14:15喜久屋(駅前1-6-19)に寄る。 でも売り切れ。 ガガガーン! “教科書”に電話番号が載っているので予約しておけばよかった。
約40分の寄り道で青木交.に戻る。 旧道の道幅がやけに広いので松並木の跡?と思ったらこの先に松並木が点々としている。 善左ェ門交.(名前がいいねぇ)を横断すると左手に田中藩領榜示石蹟。 K222と合流する左手に鏡池堂六地蔵。
右手の松並木を過ぎ、左カーブの左手に瀬戸の染飯版木の標柱。 奥に寛永十二年(1635)田中城主水野忠善によって築造された千貫堤の案内板。 まだまだ先と思っていたけど、大井川の影響を受けていると知ってビックリ。 気を取り直して進むと左手に再び田中藩領榜示石蹟。 松並木もある。 東光寺川の瀬戸橋も架け替え工事中。 この先は田んぼの中に上青島の松並木。 気持ちが和む日本の心。 イイねぇ。 狭い歩道も松にジャマされ通れなくたって全然腹立たないよ(笑)。 松並木の中の左手に上青島一里塚跡。
一里山交.でR1と合流して、左側の歩道を歩く。 16:05道悦島歩道橋手前のセブン茶屋で20分休憩。 R1を渡り、右手の旧道に入ると歩道設置の工事中でホコリっぽい。 未工事部分との境に立って左右を見比べると雰囲気がずいぶん違っている。
左手に道しるべのある島田信金両替屋と中村菓子舗屋の間にある路地を左折。 喜多さんお薦めの場所へと向かう。 JR第一相良街道踏切左手の郊外店アピタ屋を過ぎてK342を横断すると、正面に明治十二年(1879)完成の蓬莱橋。
約1時間5分の寄り道で旧道に戻り、右手に島田一里塚跡だと思いながら歩ってもそれらしきものがない! 過ぎてしまった? 今日は一里塚跡を2つも見過ごしてしまった。 ガガガガーン!
昔ながらの本通商店街に比べ、JR島田駅付近はオシャレなビル街に変わり、言われなければここが旧東海道だなんて分からない。 本通二丁目交.右手の島田信金両替屋の芭蕉句碑は健在。 |
おまけ | |
所要時間(休憩除いた正味時間) | 5時間05分(約4時間15分) |
今日1日の所要時間(休憩除いた正味時間) | 8時間15分(約6時間20分) |
万歩計の歩数(今日1日の歩数) | 22,843歩(+9,562歩=32,405歩) |
喜多さんの歩数(今日1日の歩数) | 21,762歩(+9,086歩=30,848歩) |
経費(岡部宿〜島田宿分交通費含む) | |
往路:JR戸塚駅→静岡駅 往路:静鉄バス中部国道線静岡駅前→岡部北口 | 2,210円 540円 |
帰路:JR島田駅→戸塚駅 | 2,970円 |
蓬莱橋通行料 | 50円 |
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