2004年 9月12日(日)
昔は立場だったのに、今はひっそりと佇む町指定史跡の筆捨山。 岩が少しゴツゴツしているけどフツーの山。 付近に民家があるので立場茶屋の子孫かな? 土木工事のおかげで、山深い所だけどてくてく歩ける。
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お薦めの猪鍋で舌鼓
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一泊お世話になった旅籠鈴鹿峠(関町坂下722/0595-96-2012)は、旅館・民宿というより、釣り堀のある“合宿所”みたいな雰囲気。 山深い鈴鹿峠で食べる猪鍋は格別で、宿泊のために関宿や亀山宿に戻らなくてイイ!ので、とらぞうのお薦め! しかし、残念ながら一人旅の宿泊はNG(お一人様だと赤字だそうです)&自販機がない。 坂下宿で自販機がなくなるので当てにしていたんだけど、空のボトルに水を入れてもらう。
7:50片山神社入口をスタートして、杉林の中に入ると元坂下宿。 慶安三年(1650)に洪水の被害にあったために現在の場所に移ったそうだけど、左手の川は細い渓流だよ。
旧道に戻ると、左手に常夜灯が4基並び、短い区間だけど石畳がある。 R1をくぐり、芭蕉句碑のある鈴鹿峠入口から息を切らしながら階段を“登る”。 左手にコンクリート製の馬の水のみ鉢。 左手に田村神社跡。 石柱の周りに瓦の破片が散らばっている。 最近移転したの? さらに左に進むと県指定天然記念物の鏡石。 山火事の影響でツルピカではなくなったそうで、どの部分が「鏡」だったのか分からない。 恐る恐る崖下の景色を覗いてみると、足下に蛇のようにウネウネとR1。 落ちたら死んじゃう。 もし土木工事の恩恵がなく、R1の歩道がなかったら、やっぱり難所だね。
旧道に戻って、茶屋跡を横目に杉林を抜けると、一面の茶畑。 左手に三重・滋賀県境の標識。 伊勢国・近江国の国境でもある。 険しい三重側と、緩やかな滋賀側の景色の違いが面白い。 土の道は歩きやすいけど、鹿のウンチに気をつけないと。
「山中」の地名の通り、“山の中”を歩くと思っていたけど、下り坂の先でR1に合流すると、すぐ民家があるのであまり寂しくない。 しばらくR1の左側で歩道歩き。 右手に半分埋もれた鳥居と常夜灯を発見したので、R1右側に走る! よい子は真似しないで! 十楽寺を出て、走って右側に戻ったのも束の間(よい子は…。)、山中交.で左側に移り、田んぼの風景を撮る。 今度は右手に旧道の入口があるので右側に走る! よい子は…。 旧道入口の右手に馬子唄歌碑。 そして山中の集落。 集落のはずれに未来の道?第二名神土山橋が架かっているのでスゴい風景。 R1との合流地点に、山中一里塚のモニュメントや櫟野観音道道標・馬子唄歌碑が並んでいる。 道標の案内板では旧東海道がR1を横切っているので、また走る! よい子は…。 「左に旧道」と言いたいけど、社宅?を横目に坂道を進むと…何と!草竹コンクリート工業屋の敷地に入ってしまった! 道標の案内板にあるホントの旧道跡はお勧めできない。 閉まっている門の脇をよじ登って脱出! よい子は…。 元いた右側の歩道に、また走る! よい子は…。 この先旧道は、R1から右手に少しずつ離れていくんだけど、消滅している。 猪鼻交.で右折。 車道を下り、旧道上にある岩石採取会社三興屋向かいの丁字路を左折すると、旧道につながり猪鼻の集落。 右手に明治天皇が休んだ旅籠中屋跡があり、はす向かいの民家は近江屋の屋号を掲げている。 何だ何だ?まだ土山宿ではないので間の宿か? 急坂を上ってR1に合流。 R1は両側の山を開削しているので、かなり険しい山道だったんだね。 R1が下り坂になると、正面に屋根ギッシリの土山宿が見える。 その先にはお椀を伏せたような、水口宿の古城山(大岡山)まで見える。 右に旧道。 白川神社に古くて太くてデッカいシイノキ。 坂を下って高尾金属工業屋を抜けると、天文十一年(1542)山中城主山中秀国と伊勢国司北畠具教が戦った蟹坂古戦場跡。
真っ直ぐ進むと田村川。 工事の看板を横目にそのまま進むと、工事の下準備なのか?草を刈ったばかりの様子。 後日土山町に問い合わせたら、本来は下水道工事なんだけど、ついでに?下水管の上に橋を通すそうだ。 YATTA!
迂回してR1の田村橋を渡ると田村神社の社叢。 土山町観光協会のデッカい案内板があるけど、手前の街路灯との隙間がないので、案内がよく見えない。 もぅ、褒めたばかりなのに…。
今日はいっぱい悪い子だったので、しっかりとお参りする(ってゆーか、R1に横断歩道を設置してほしいな)。 さっき鈴鹿峠の「田村神社跡」を見てきたけど、思ったよりも広くて立派。
後日田村神社に「田村神社跡」との関係を問い合わせたら、関係がないので分からないんだって。 ガーン! 社伝によると、弘仁三年(812)嵯峨天皇の勅により二子嶺に坂上田村麻呂を祀ったのが始まり。 創建10年後の弘仁十三年(822)に現在の場所に遷って、元々あった古社と合祀したそうです。
ふぅ、「田村神社跡」でスゴい寄り道をしてしまった…。 横浜在住のおらが“田村神社の謎”や“古阿須波道”を調べるのも何なので、詳しくは地元の方にお任せします。(^_^; 旧道兼参道を戻り、北土山歩道橋でR1を渡ると、道の駅あいの土山。 駅舎の横からカラー舗装されているので、10:50アスファルトとの境目で坂下宿の旅は終わり。 さあ、昼飯だ! |
おまけ | |
所要時間(休憩除いた正味時間) | 3時間(約2時間50分) |
万歩計の歩数 | 13,735歩 |
喜多さんの歩数 | 12,574歩 |
経費 | |
お食事処鈴鹿峠宿泊料 | 7,000円 |
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