とらぞうのおかち日記「1歩2歩散歩」SPECIAL
 2001年夢中の旅 
東海道五十三次


Vol.33
〜二川宿→吉田宿〜
6.1km

画像2003年 8月23日(土)
広重に描かれている猿ヶ馬場は遠江・三河の国境、境川付近という。 茶屋の周りが荒れ地なので、一里山東交.付近? 二川宿は本陣・脇本陣が1軒ずつの小さな宿場だけど、今は昔の面影が残り貴重な存在。

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10:45 味噌・醤油の東駒屋

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10:55 馬場本陣跡

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11:40 本陣上段の間

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11:50 中原屋の麩もち

 JR二川駅に10:12到着。 午前中だけど今日の予報最高気温は東京34℃、名古屋35℃なので、もう暑いというより日差しが痛い。 準備でセッセと日焼け止めを塗るけど、こんな日は長袖シャツを着た方がイイかも。 東駒屋前の東の枡形まで戻る。
 東駒屋の建物が気になって訪問して話を伺う。 ご主人によると、母屋は約100年前、4棟のうち左の家屋が一番古く約200年前の建物だそうです。 奥は倉庫でやはり敷地は細長い。

 左手に平成三年(1991)開館の豊橋市二川宿本陣資料館。 旧東海道で本陣が現存するのは、草津宿の田中本陣と二川宿の馬場本陣だけ。 何度かの火災により、寛政五年(1793)後藤家から紅林家に、文化四年(1807)紅林家から馬場家に本陣職が引き継がれた。 Pの奥に高札場が復元されていて、館内は「東海道」「二川宿」「本陣」と特別展示で構成されている。
 続いて本陣跡に入るとさすがに中は広く、畳の部屋が続く。 南側は殿様の部屋で、上段の間・風呂・厠が立派。 旅人の衣装が用意されていてコスプレが楽しめるけど、汗だくなので遠慮する。 代わりに一服300円の抹茶セットをいただく。 麩もちが涼しげで美味い。 気分はすっかりお殿様。 1時間ほどの見学。
 西の枡形左手に麩もちを作っている和菓子の中原屋

 右手の文武二年(698)岩屋山南に勧請したのが最初という大岩神明社を見学。 珍しい高柳乳母車店屋を眺めて、二川駅前交.を12:25スタート。 駅は宿場の端っこなのですぐに郊外の風景。
 左手の明治三十三年(1900)製の渥美道道標を過ぎると、旧道が右方向直角に曲がって火打坂交.になるけど、ショートカットする道の跡を発見。 交差点を分かりやすく十字路にするため付け替えられたんだね。 歩道のない火打坂を上ると台地の上で、なるべく日陰のある左側を歩く。 丁字路交差点の先にローソン茶屋が見えるので、12:45ちょっと早いけど15分休憩。

 右手唐沢池、左手殿田川の高山橋を渡ると「飯村町」の標識。 道路工事を抜けてR1に合流…一里塚跡がない! 工事で場所を移された? “教科書”を開いてみると、R1合流手前に別の道路と合流しているので、このまま右側の歩道を歩く。 う〜む、でも正面は山だし…ゲッ!朝倉川なんて知らない名前の川!

旧東海道のトホホ
 13:50もう一度“教科書”で確かめてみると、ローソン茶屋手前の丁字路を左折するのを忘れた! ガーン! ヒュ〜ヒュルヒュルヒュルヒュルドッパーン(花火が上がりました)!
 前回二川宿の枡形をチェックし損なった反省で、今回はシッカリ予習したつもりだったのに…。 吉田宿の複雑なルートを気にするあまり、デッカく左折する道が吹っ飛んだ?
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14:10 丁字路を左折!

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14:15 「東海道」の標識

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14:25 松並木の名残

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14:45 飯村一里塚跡

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15:55 常夜灯と路面電車

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16:15 曲尺手門跡

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16:45 ひっそりと吉田城

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18:15 菜めし田楽

 道を少し戻って、炭火焼肉あかしろ(北岩田2-2-14)茶屋でタクシー会社の番号を尋ねたら、ご主人が直接電話してくれた。 ありがとうございます。 14:10丁字路まで戻る。 申し訳ないことに、今回も喜多さんが3人でタクシー代1,620円が割り勘になりました。
 火打坂交.から遠く丘の上に針の先ほどの岩屋観音が見えたけど、交差点を間違って左折して、あらま!観音様の前まで来ちゃった、というようなオチは好きなのに…約3km1時間10分のロスで、万歩計の歩数は戻らない。 ふぅ。

 14:15大岩町北山交.を左折してスタート。 旧道が右にカーブする右側に「東海道」の標識。 交差点手前にも作って!豊橋市。 丁字路を直角に左折する道はホントは旧道ではなくて、本来は左手の岩屋緑地に沿って左カーブしているので、手前の園芸店ガーデンガーデン屋Pの端っこをショートカットする方が旧東海道でしょう。

 旧道が右カーブすると右側の歩道がヤケに広いので、最近まで松並木があったんじゃないかと思っていたら、左手に「松並木」の標柱と切り株3本。 案内板がないのでいつ頃切られたのかは分からない。 しばらくするとやはり左手に松並木の名残のが1本ポツンと頑張っている。 落ち込んでいたけど元気をもらう。
 飯村南2丁目交.でK31と交差。 この右手方面を間違って歩いていた。 この付近は二軒茶屋で、『膝栗毛』で弥次喜多がナンパした比丘尼に逃げられた場所。

 旧道は右カーブして道幅が狭くなると、古い民家が現れ昔の面影がイイ感じ。 殿田川の、今度は殿田橋を渡るとR1との合流地点。 左手の電柱の横にひっそりと飯村一里塚跡。 寂しい。 14:45はす向かいのマック茶屋で8月末まで96円(税別)のマックシェイクで30分休憩。 旧道は4車線のR1と合流して右側の歩道を歩く。

 15:25ファミマ茶屋で買い物して山中橋東交.で日陰のある左側に移る。 町名が伝馬町・瓦町と続く。 時々古い商店を見かけるので旧道の面影があるけど、あまり元気がなさそう。
 東八町交.の歩道橋上を左折して、階段を下りると東惣門跡。 ここが吉田宿の東の顔で、15:55モニュメントの石垣に腰掛け10分休憩。 車道には中央分離帯の植え込みに、江戸側・京側のどちらからでも分かるように「東海道」の標識が設置されている。

 次の角を右折してすぐ左折。 で、すぐ右折。 間口の狭い商店が建ち並び、下町の雰囲気がイイ感じ。 右手に喫茶「カネンテ」ねんて茶屋がある。 …。
 くすのき通りの交差点右手の中央分離帯の植え込みに曲尺手門跡。 十字路を左折すると旧東海道なんだけど右手に吉田城大手門跡。 左折してから「東海道」の標識のある広い通りを右折。
 右側を歩くとNTT屋の前に問屋場跡。 東八町交.から鍛冶町・曲尺手町・呉服町を経て、16:30札木交.で今日の旅は終わり。

 これから右折して吉田城を見学して食事なんだけど、喜多さんはグッタリしているので喫茶店に残し、1人寂しく西八丁交.の歩道橋を渡る。 豊橋市代官所の前を通り抜け、水のない堀を渡ると昭和二十九年(1954)に復興された吉田城隅櫓。 永正二年(1505牧野古白により築城された今橋が前身。

 喜多さんから電話で、もうきく宗(新本町40)でスタンバっていると連絡あり。 喜多さんの靴が壊れてしまい、応急処置で接着剤を買いに行くのに自転車を貸してくれたそうだ。 しかも食前に近所のさつき湯(八町通1-55/15:00-0:00/月・木定休)で一風呂浴びているので、1時間以上も席をリザーブしている。 ありがとうございます。
 きく宗に戻って菜めし田楽(1,785円)。 日・祭以外にはデザートが付いてきな粉もちがおまけ。 喜多さんは完食したのに、おらは普段食い意地が張っている割に、食欲がなくて食べきれなかった。 道を間違えたことよりクヤシー(泣)。

 帰りは憧れの路面電車に乗り、JR豊橋駅から19:07浜松行に乗る。 帰宅時間が旧東海道の旅で最も遅い23:50。

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おまけ
所要時間(休憩除いた正味時間)4時間05分(約3時間10分)
万歩計の歩数16,202歩
喜多さんの歩数15,595歩
経費
往路:JR戸塚駅→二川駅「青春18きっぷ」
(JR戸塚駅→二川駅普通運賃)
2,300円
(4,310円)
戻道:東海交通タクシー(割り勘)405円
帰路:豊鉄市内線札木駅→駅前駅
帰路:JR豊橋駅→戸塚駅「青春18きっぷ」
(JR豊橋駅→戸塚駅普通運賃)
150円
途中下車につき0円
(4,620円)
豊橋市二川本陣資料館入館料300円
さつき湯入浴料370円

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