2003年 9月20日(土) |
10:35 ラッピング市電
| 5:58JR戸塚駅を出発して8:27静岡駅で乗り換え、9:40浜松駅で乗り換え、10:19JR豊橋駅着。 朝早く出かける在来線の旅も今回で最後となるので眺める景色も感慨深い。 ペデストリアン・デッキから路面電車乗り場へ移る途中でポツポツと雨が…。 天気予報では晴れだったのに…。
市電札木駅で降りて10:45問屋場跡からスタート。 札木交.を渡ると右手のウナギ店丸よ茶屋に本陣跡。 左手に脇本陣跡。 並びに前回お世話になったきく宗。 そのまま左側を進むと松葉公園にデッカい東海道吉田宿道標。 「江戸まで73里 京まで52里」とあり、日本橋から随分遠くまで歩いてきたもんだ。
11:10水量タップリの豊川に架かる豊橋を渡り左折。 親柱には「とよ“はし”」とあるのに、前後の交差点の名前が「とよ“ばし”南詰」「とよ“ばし”北」ってなことだけどホントの名前はどっち?
歩道がなくなると下地の家並み。 道幅が狭くなったのに交通量が多いので写真が大変。 家並みを抜けると歩道が復活して、電柱の住所がもう横須賀町。 あっ!一里塚跡を見過ごした!
歩き始めで元気があるので引き返すと、京に向かって下地交.手前に下地一里塚跡。 約20分のロスだけど、前後の道路が拡張済みで将来この家並みが消えることを考えると、3回も歩けてよかったかもしれない。 雨が小雨になり道がすっかり濡れている。
右手のニチレイ屋倉庫左側に子だが橋。 昔菟足神社に生け贄の習慣があった頃、贄狩り当日、係の子供が知らずに橋を通り「“子だが”やむを得ん」ということで名前が付いた。
才ノ木交.を過ぎると右手に生け贄の張本人、朱鳥元年(686)創建の菟足神社。 “ウサギの足”なんてカワイイ名前だけど社殿は立派で、案内板によると徐福伝説があるのでビックリ。 13:25左手のスーパーATSUMI屋脇の喫茶ブーメラン(小坂井町宿52-1)茶屋で昼食。 ランチの焼きそばライス(コーヒー付750円)を注文。 喜多さんはミックスサンド&紅茶(850円)を注文して45分休憩。 焼きそばに“ライス”ってのは生まれて初めて。 左手の小坂井町東部テニスコートPに伊奈立場茶屋跡&芭蕉・鳥巣句碑。 右手の山本太鼓店屋左に伊奈一里塚跡。 やっぱり一里塚っていぃなぁ。 …。
豊川市となり、名鉄小田渕駅付近の丁字路では渋滞するほどの交通量なのに横断歩道がない! 車の間を縫って進む。 左手には格子戸のある小田渕の家並みでホッ。 でも下地同様古い民家の前は旧道の道幅で狭いので、将来は道路が拡張されてこの風景は消えてしまうんだろうね。
白鳥5丁目交.でR1に合流して左側の歩道を歩く。 ホントはR1を横断して右手の不明箇所を探検しようと張り切っていたんだけど、もう雨でビショビショなので断念。 旧道は住宅地造成で途切れているものと思っていたけど、田んぼなのでビックリ。 R1は渋滞で車が動かない状態なので、水をはねられなくてラッキー。 裏口があるけど鳥居まで戻り、白い塀づたいに歩くと右手の蒲郡信金両替屋の植え込みに御油一里塚跡。 ここから旧道の幅が広くなる。 おじさんが言っていた「松並木の跡」だね。 16:00十字路右手にデッカい常夜灯。 姫街道追分で吉田宿の旅はここで終点。 見付宿では建物の建築中で道標が移動させられていたみたいだけど、今回は姫街道道標とシッカリ対面できた。 |
おまけ | |
所要時間(休憩除いた正味時間) | 5時間15分(約4時間20分) |
万歩計の歩数 | 20,049歩 |
喜多さんの歩数 | 19,390歩 |
Vol.33 二川宿← | 2001年夢中の旅 MENU | →Vol.35 御油宿 |
Copyright (C) 2003 TORAZOU, All Rights Reserved.