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Vol.00 日本橋板橋宿

(9.8km)


英泉「日本橋 雪之曙」 宿場

2010年 1月10日(日)

 五街道が制定された2年後の慶長8年(1603)に架けられた日本橋。江戸の中心でした。今は頭上を走る首都高の方が目立ってるけど、橋の中央に道路元標が設置され、複数の国道の始点となっています。
浮世絵ポイント 画像00

画像01 日本橋魚河岸跡 女神像は竜宮城の乙姫だって
 いよいよ中山道を歩く! 国の重要文化財に指定されている日本橋に立つ! 最近では2007年12月に萩さんの中山道踏破のお祝いで来たことがあるけど、旅人として日本橋を訪れるのは、東海道を歩き出した2001年以来、実に9年ぶり。\(^-^)/
 日本橋はもう何度も見ているけど、先日NHKの「ブラタモリ」で日本橋が紹介されたばかりなので、舐め回すように喜多さんと見学。(^-^; 日本橋北詰右手が日本橋魚河岸跡日本橋魚市場発祥の地碑が建っている。大正12年(1923)の関東大震災後に築地へ移転するまで、日本橋川沿いに魚市場が立ち並んでいた。
画像02 9:00 ド〜ンと三井越後屋
画像03 9:05 金座跡 案内板がないので寂しい
 9:00魚河岸跡からスタート。しかし、すぐに赤信号。目の前に三越本店がド〜ン。延宝元年(1673)三井高利が江戸本町一丁目に呉服店越後屋を開業したのが始まり。老舗として堂々とした風格。「ブラタモリ」で知ったんだけど、中山道に面した建物は、低層部の高さを100尺(約31m)に揃えてあるそうだ。確かにキレイ。街の景観は大事だね〜。
 右側の歩道を歩いたものの、やっぱり日本銀行に寄りたくて、旧道(国道17号)を渡って三越と三井本館の間を進む。日本銀行本店といえば金座跡。文禄4年(1595)徳川家康が京都の金匠後藤庄三郎を招いて、小判を鋳造させたのが始まり。
 旧道に戻る。建設中のビルに地図が掲げてあり、旧三和銀行の角が日光道中となっている。ありがたく進むとJR新日本橋駅の入口に長崎屋跡。あれ?日光道中の追分を通り過ぎちゃった…。(>_<) 地図が掲げてあった建設中のビルって、旧三和銀行である三菱東京UFJ銀行だったのね…ガクッ。
 気を取り直して、石町(こくちょう)時の鐘 鐘撞堂跡夜半亭 与謝蕪村居住地跡。石町時の鐘は江戸時代最初の時の鐘で都指定文化財。現在の鐘は2代目だけど、小伝馬町の十思公園に置かれている。
画像04 9:15 時の鐘と夜半亭の案内板がポツン
画像05 9:20 今川橋由来碑の絵図
 そして今川橋記念碑。へぇ、こんな所に橋があったのか?と向かいを見たら、案内板が見えるので旧道を渡る。今川橋跡今川橋由来碑。由来碑に描かれている絵図を見ると、往時と現在とでは同じ場所とは思えないほど変わっている。しかし、今川焼きってこの神田今川橋が発祥の地と聞いているけど、案内板にはひと言も書かれていない…ガクッ。
 JR神田駅。ガード下の飲み屋街がイイ! 何だかんだ言っても、神田駅は昭和の風情があってイイね〜。…。高架下には生々しい鉄柱が並んでいる。今造るなら、もっとオシャレな柱になっていると思うけど、高度成長期の質実剛健な感じがするね。くぐり終わると線路下の煉瓦の湾曲具合がイイ感じ。
画像06 9:25 近未来SF映画の舞台みたい
 国道17号は右カーブするけど、旧道は真っ直ぐ進む。交通博物館跡を横目にJR中央本線のガード。「ブラタモリ」によると、この付近に万世橋駅があったそうだけど、どの辺りなのかは分からない。コンクリートが見える所がホームの跡かな?
画像07 9:35 万世橋駅の跡? 煉瓦造りなのがイイね
 昌平橋の北詰が神田旅籠町。旧道は左折右折とカクカク曲がる。本郷台地の端っこで、ここから上り坂。しかし、信号待ちが長い。(>_<) 文京区となって、日本ウオーキング協会を横目に神田明神。正式名称は神田神社。天平2年(730)創建の古社で、延慶2年(1309)から平将門を祀っている。拝殿・本殿などの社殿が国登録有形文化財。せっかくなので初詣しなくちゃ。
画像08 9:50 神田明神(神田神社) 仕事始めの参拝はスゴいよね
画像09 甘酒の老舗天野屋
 神田明神の鳥居の横に甘酒屋天野屋。せっかく弘化3年(1846)創業の老舗が目の前にあるので、甘酒をいただきたいところだけど、風邪で腹の調子が悪い。何か口にするとトイレに直行するような状態なので、あきらめる。(T-T)
 天野屋の左手にある路地が旧道。路地のビル街で「自販機の飲み物が安い!」と喜多さんが叫んでいる。ふっふっふ、おらは最近ステンレスの水筒を買ったので、今日は自宅から温かいお茶を持って来ているんだよ〜ん。(^-^; PET飲料は喜多さんのみ購入。
 国道17号を渡って国指定史跡湯島聖堂。国道を挟んで神田明神の向かいに建っているんだけど、横断歩道がないので湯島聖堂前交差点を渡る。
画像10 10:05 黒一色の杏壇門から黒一色の大成殿を臨む
画像11 鬼犹頭 水の神で水を吹いているんだって
 湯島聖堂は、儒学にハマった徳川綱吉が元禄3年(1690)に創建した孔子廟で、その後の寛政9年(1797)に、幕府が開設した昌平坂学問所跡でもある。杏壇門大成殿が黒一色で、日本の施設って感じがしない。やはり孔子を祀っているからなのか?異国情緒。屋根にあるしゃちほこ鬼犹頭(きぎんとう)も変わった形。
 隣接されたお茶の水公園に公衆便所があるのでありがたい。公園なので休憩しようと思ったけど、何故か?コギャルの撮影会が行われていて、落ち着かないので先を進む。
画像12 10:25 本郷も かねやすまでは 江戸の内
 「ブラタモリ」では中山道は本郷台地の尾根道と言っていた。路地を見ると、なるほど下り坂になっている。
 本郷3丁目交差点に小間物屋のかねやす。享保年間(1716〜36)歯科医の兼康祐悦が「乳香散」という歯磨き粉を売り出して、これが大ヒット! 「本郷も かねやすまでは 江戸の内」と詠われ、江戸の町並みが瓦葺きだったのに対して、かねやすの先からは茅葺きの家並みが続いていた。しかし、今はビルが建ち並んで、前後左右あまり変わらない。
 本郷薬師を横目に進むと東京大学赤門旧加賀屋敷御守殿門で国指定重要文化財。せっかくなので、東大にってキャンパスを見。略して東・大・入・学!(^-^; キャンパスが広〜い。
画像13 10:35 東京大学赤門 現役なのがスゴいね
 いったん東大を出て、向かいにある樋口一葉ゆかりの法真寺を見学した後、東大の煉瓦塀を眺めながら正門に進む。再び東大入学すると、イチョウ並木の先に安田講堂(東京大学大講堂)。昭和44年(1969)東大安田講堂事件のニュースを観て、小学生だったおらは「大人になったらデモとかしなくちゃいけないなんて、コワいよ〜」と思ったものでした。(^-^;
画像14 10:50 安田講堂 こちらもまだ現役です
画像15 暗い?マンホール
 帰りにふとマンホールに目をやると、「東京帝國大學」とあり、中央に「暗」と書いてある。もう1つには「東京帝國大學(電)」。電は電気だと思うけど、暗って何? しかし、マンホールって長持ちするんだね〜。「東大下水」や「東京大学(汚)」ってな新しいものもある。
 東大を出るとようやくビルが減って、等身大の家並みになってホッとするね〜。いよいよ江戸の外に出たって感じ。信号のある丁字路を左に進むと中山道で、真っ直ぐ進むと日光御成道。交差点角の酒店高崎屋は、テントに「SINCE 1751」と書かれているので、宝暦元年(1751)創業の老舗! 店の前が中山道最初の一里塚で、区指定史跡追分一里塚跡。片側2車線だった国道17号が片側1車線になって、やっと旧道らしくなった。
画像16 11:05 宝暦元年(1751)創業の高崎屋
画像17 11:20 八百屋お七の墓
 白山1丁目交差点で寄り道。急坂の浄心寺坂を下ると円乗寺。寺の入口に八百屋於七地蔵尊。境内に八百屋お七の墓がある。この物語は有名だね〜。
 天和の大火で当山に避難したお七は寺の小姓と恋仲になった。家が再建され、家に戻ったお七は小姓に会いたい一心で付け火をした。放火の罪で捕らえられ、天和3年(1683)鈴ヶ森刑場で火あぶりの刑に処せられた。合掌。
画像18 11:30 大円寺のほうろく地蔵
画像19 高島秋帆の墓
 旧道に戻るとはす向かいに大円寺。境内のほうろく地蔵が千羽鶴に囲まれてカラフル。享保4年(1719)八百屋お七を供養するために建立されたお地蔵さま。放火犯ではあるけれど、数え年で16のお七が哀れと、あちこちで供養してくれる江戸の人は優しい。優しい境内で癒されようと、やっとここで10分休憩。ふぅ。(´-`).。oO(でもベンチとかはないけど…)
 墓地の奥には慶応2年(1866)に没した高島秋帆の墓がある。国指定史跡。
 大円寺で休憩したものの、境内にはトイレが見当たらなかったので困っていたら、白山上交差点に白山坂上公衆便所があって助かった。白山上交差点を過ぎると左手に東洋大学の校舎が見える。大学の前は旧道の蛇行具合がイイ感じ。上り坂としては緩やかだけど、柏原選手は毎日この坂を通ったおかげで箱根駅伝で優勝したのかな? 千石駅前交差点でまた道が広がり、今度は片側3車線。
画像20 11:45 東洋大前の蛇行具合 GOOD
画像21 12:15 煙い… 肺が丈夫なお地蔵さま
 豊島区となり、山手線を越えると染井吉野碑。ソメイヨシノが植えられているけど、ひっそりとしているので、道行く人は碑の存在に気がつかないかも?
 アーケードに突入したら湧き出たように人がウジャウジャ。自分のペースで歩けない。トボトボと前の人の背中を見ながら進むと巣鴨地蔵通商店街入口。
 商店街を進む前に、左手の真性寺(しんしょうじ)。境内は線香の煙で、い…息が苦ひぃ…。煙にまみれたお地蔵さま:銅造地蔵菩薩坐像江戸六地蔵の1つで、正徳4年(1714)頃に建立された。都指定文化財。
 人・人・人の巣鴨地蔵通商店街。有名な商店街なので食べ歩きしながら進みたいところだけど、塩大福で有名な伊勢屋は行列…。ふぃ〜。
画像22 12:20 人・人・人の巣鴨地蔵通商店街 自分のペースでは歩けません
 仕方がないので、前の人の背中を見ながらトボトボ歩いて高岩寺。屋台が出て賑やか。超有名なとげぬき地蔵(延命地蔵菩薩)にお参り。せっかくなので洗い観音(聖観世音菩薩像)を洗いたかったけど、ものスゴい行列なのであきらめる。元は神田湯島に創建され、その後下谷屏風坂に移転。明治24年(1891)に現在地に移された。
画像23 12:25 洗い観音の行列がスゴいことに
画像24 12:30 赤・赤・赤 赤一色!
 しかし、商店街って寂しい通りが多いけど、ここはお地蔵さまがある限り賑やかでイイね〜。「おばあちゃんの原宿」だし。日本一の赤パンツ巣鴨マルジを発見! TVでしか観たことなかったけど、生で見られてウレシい。(^-^;
 巣鴨猿田彦大神庚申堂の案内板の写真を撮っていたら、庚申塔奉賛会の方からお参りを勧められる。猿田彦といえば道の神様なので、中山道の無事を祈ってお参りさせていただきました。お参りが済んだら、御神酒までいただきました。うぃ〜、ひっく。庚申堂に祀られている庚申塔はホントは板碑で、文亀2年(1502)に建立され、明暦3年(1657)に再建されたもの。往時この付近は巣鴨の立場だったので、お酒も入って、立場らしく?一服できた。(^-^;
画像25 12:40 庚申堂で道の神様にお参り
画像26 御神酒いただきました
 庚申塚交差点を過ぎると人がグッと減ってやっと落ち着く。都電荒川線の踏切を渡るとひたすら真っ直ぐ。古い民家がポツリポツリとあり、旧道らしくなった。
 あ!庚申塚交差点が浮世絵ポイント@板橋宿だったのに、写真撮るの忘れた!(>_<) 仕方ないので、庚申塚交差点をちょっと過ぎた風景を、おらの浮世絵ポイント@板橋宿とします。(^-^;
画像27 オムタコライス ケチャップでシーサーが!
 しばらくすると北区となり、あれ?JRの踏切が見える! 亀の子たわしの西尾商店屋を楽しみにしていたのに、通り過ぎちゃった。ガーン!(T-T) しかし、戻るほどではないので、13:00板橋駅入口の名前のない交差点が本日の終点。今日は体調が悪くてノロノロ歩いていたつもりだけど、GPSの平均速度が5.3kmになっている。意外。
 おきなわん・カフェ・コザ茶屋で昼食。ソーキそばにするか?タコライスにするか?迷ったけど、オムタコライス830円を注文。ちょっと辛いけど、お腹ポンポコリン♪
 満足して北区から帰宅。…。あ!JR板橋駅前にある近藤勇の墓に寄り忘れた!(>_<) 次回出発の時に寄らなくちゃ。(^-^;

おまけ
所要時間(休憩除いた正味時間) 4時間00分(3時間50分)
万歩計®の歩数 16,720歩
喜多さんの歩数 17,027歩
寄り道含めたGPSの距離 14.3km
経費
往路:JR東海道本線戸塚駅→東京駅 690円
帰路:JR埼京線板橋駅→JR東海道本線戸塚駅 890円

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